友ヶ島/池尻浜
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野奈浦から海岸線沿いの遊歩道を歩き、第二砲台跡方面へと向かいます。 海からニョッキリと柱が出ています。 大砲の照準を合わせる目安の役目があったようです。 同じような柱が他にも島の周りに2〜3ヶ所みられました。 |
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| 池尻浜の海の家近くにあった大きな遺構。 窓の作りが蔵っぽいので、倉庫かなにかだったのでしょうか。 |
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| 建物の中は荒れ放題です。 中には入れません。 |
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| 池尻浜に放置してあるトラック。 人為的破壊の跡は全く無いのにこの朽ちっぷり。 なぜか全く無事なフロントガラスに奇跡を感じます。 自然の力だけで崩壊し、のんびりと土に帰っていくのでしょう。 |
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| 「友ヶ島に従事されていた人を捜しています。」 冨士屋旅館や加太港に貼ってありました。 明治から太平洋戦争終結までの長きに渡り、軍関係者しか上陸できなかった友ヶ島。 現役時代の友ヶ島を知っているのは、限られた人だけです。 しかも月日は流れ、もう明治や大正の頃の友ヶ島を知る人はいないでしょう。 もっと時を経れば、いずれは昭和の友ヶ島を知る人さえいなくなってしまいます。 まだ謎が多い島だというのに、それらが解明されないまま・・・。 最近になって海軍聴音所やトーチカの存在が確認出来たのも、友ヶ島に従事されていた方の証言のお陰らしいではありませんか。 友ヶ島を知る方がもっと名乗り出てくれるといいですね。 そして、在りし日の友ヶ島を、この島での貴重な体験談を、後世へと語り継いで欲しいものです。 友ヶ島TOPへ戻る |