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龕附(がんつき)天正金鉱跡
 
土肥金山の隣にある、知られざるもう一つの金鉱見学スポット。
400年以上も前の手掘り金鉱跡という事で、非常に勉強になったのです・・・が。

見学&ガイド料の600円を払い、ガイドのおじさんに引率されて見学開始。
坑道に入る前に、坑道付近で発掘された金の精錬所跡の説明を受けます。
 
ガイドのおじさんは、とにかく早口で、聞き取るのに精一杯です。
しかもおやじギャグつきです。
しかもさっさと次の説明に移ってしまうので、じっくり見学出来ません。
あれよあれよと言う間に、精製法や大判小判の説明が終わり、ただ呆然とするばかり。
 
いよいよ坑道見学という所で、やっと写真を一枚撮る事ができました。
坑道に入ってもガイドさんのマシンガンガイダンスが続きます。
カメラを持っていると、早口の説明の後、「はい、写真をどうぞ。」と、その場所の写真撮影を勧めてくれます。
しかし、暗すぎて写らないので禁フラッシュモードにして、しかも焦って撮るものだから、もうブレまくり。
とにかく、撮るだけ撮って、後で何を撮ったのかじっくり考える事にします。
 
で、この写真は何かと言うと、多分、天井に残っている金鉱脈を撮ったのだろうと思うのですが・・・。
もう、なにを撮ったのか判りません。
とにかく坑道内です。
 
坑道はもちろん全て槌やタガネによる手掘りで、鉱床には階段が設けられています。
そして鉱床に反転したように、天井にも階段が刻まれ、壁にもスリットが刻まれています。
それは、人の出入りによって灯りの煙の排出や換気を促す昔ながらの技術です。
天井には他にも、地上につながっている換気坑も開いています。
 
しかし、当時の技術では、それが精一杯の換気技術。
これだけ手を尽くしても100m掘るのが限界と判断したようで、金子(金抗夫)たちは100m地点で採掘を辞め、 そこに龕(がん≒仏壇)をこしらえ、山神を祭り、坑道を綺麗に埋め立てて休山したのでした。
よってこの金鉱は、龕附(がんつき)とネーミングされているのです。
それから何世紀も経た現代、考古学者達によって発掘され、再び姿を現した天正金鉱跡。
「龕の文字が入るように撮るといいよ。」と、ガイドさんの慣れたアドバイス通りに撮った龕。
終始、ガイドさんのワンマンショーでした。
後でガイドさんの話を思い出しながら、もらったパンフレットを読みかえしました。
やっとこの金鉱がよく理解でき、当時を偲ぶ事が出来ました。
 
ガイドさんのマシンガンガイダンスの解読に再度チャレンジしてみたいとも思いますが、 できれば、ゆっくりじっくり独りで見学して当時に思いを馳せてみたいなぁ。
 
<終わり>

所在地 静岡県田方郡土肥町


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