別子銅山〜インクライン跡と社宅跡/2
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| 共有部分と思われる、大き目の水場の跡です。 当時のものらしき茶碗(湯呑?)が残っていました。 |
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| 水が引き込まれなくなっても、今でもこうして水場には水が溜まり続けています。 | |
| 復元された社宅の骨組みは2棟ありますが、その内の一つはペシャンと崩壊。 そりゃ柱と梁だけでは強度なんてありません。 |
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| 社宅は壊れても、クドは強し。 当時の社宅が壊されようが、新しい社宅が崩れようが、お構いなしで鎮座し続けています。 |
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| 採鉱本部から貯鉱庫を経て索道までの斜面に、当時インクラインが設置されていました。 現在インクラインがあった場所は整備され、長い階段になっています。 <終わり> |