別子銅山〜東平歴史資料館
| 東平(とうなる)地区は、T5年〜S5年まで採鉱本部があり、大正時代の別子銅山の主力だった場所です。 東平は、旧別子にも匹敵するほど深い山の中にあり、別子ラインから細い山道を登り、やっと到着できる僻地です。 その山道も、災害で不通になる事が多々あり、今でも陸の孤島感が満喫できます。 東平の中心一帯は、数年前までは荒れ放題の廃村でしたが、今では公園として整備され、遺構や資料館も公開されています。 |
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| 公園内にある東平歴史資料館は、無料で自由に見学できます。 当時の東平の人々の仕事、暮らしが、道具や写真、ジオラマで紹介されています。 |
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とにかく、たくさんの数の写真が秀逸! |
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学校と娯楽場のジオラマ。 |
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| 斜面にへばりついた社宅のジオラマ。 当時は4000人もの人々が暮らしていたそうなので、社宅乱立状態です。 山の中だから平坦な場所がないので、こんな階段状態。 貯鉱庫の下の社宅レプリカは、これの骨組みだけ模したモノです。 各戸から張り出ている棒はなんでしょうね? 洗濯物を干したのかな? |
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| 別子銅山の主要な坑道です。 左から、第四通洞、第三通洞、筏津坑、歓喜坑。 ・・・たぶん。 |
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| 当時の東平地区の様子。 資料館がある辺りは、広大なプラットホームだったようです。 これだけ広いと、整備・公開されている他にも、眠っている遺構がありそうでワクワク。 |
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資料館の裏には当時のトンネルがあり、その中でには当時の鉱物運搬機器が展示されていました。 |
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