太平洋炭鉱跡/2
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| 炭鉱展示館の地下には、模擬坑道があります。 電気式の最新技術で、安全に効率良く掘削できるようになりましたが、 電気は逆に、石炭からエネルギーの主役の座を奪ってしまいました。 |
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| 興津地区の「釧路コールマイン」。 立ち入り禁止なので遠くから眺めるだけです。 施設内に見えるレトロなコンベアも現役のようです。 |
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| 炭鉱の抗枠工場。 ここはどうやら閉鎖されているようです。 |
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| 坑枠工場の敷地内には、鉄道軌道やトロッコが錆びついて残されています。 でも、施設は丸ごとフェンスの中なので、これ以上の遺物は見られません。 |
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| 興津地区には、高くそびえるズリ山が残っています。 そのズリ山の裾に、まだ新しいプラントや、古びた炭鉱設備が見えます。 フェンスで近づく事は出来ませんが、そのフェンスに施設に関する看板が残っていました。 炭鉱ガスを利用したDME(ジメチルエーテル)という新クリーンエネルギーの研究所だそうです。 でも、看板名義が太平洋炭鉱なので、今は稼動しているかどうか不明です。 釧路市内を回っていると、他にもいろいろ炭鉱関係の施設があるのですが、 それらが現役なのか、施設「跡」と言っちゃっていいのか、判断が難しいです。 商用としての炭鉱は消えてしまった釧路ですが、まだ、太平洋炭鉱は生き続けています。 日本が誇る掘削技術を、世界の炭鉱に伝承するための教室として。 <終わり> |
所在地 北海道釧路市