雄別炭鉱跡
雄別炭鉱は、阿寒町にあった大きな炭鉱です。
資料館の豊富な資料と写真から、当時の姿がうかがえます。
| 雄別炭鉱の資料館「炭鉱と鉄道館・雄鶴」は、
阿寒町のR240沿いにある「あかんランド」の裏手にひっそり建っていました。 駅舎を模したデザインの資料館の横には、当時炭鉱で働いていた機関車や貨車が屋外展示されていました。 |
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| 資料館内は2分割されており、半分には雄別炭鉱に関する資料、もう半分は雄別鉄道に関する資料が展示されています。 炭鉱の資料は、道具や現場のパネル、鉄道の資料ではプレートや駅員さんの制服なども展示されていました。 |
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| 数々のセピア色の写真たちが、当時の様子を教えてくれます。 なんとも寒そうな雪景色です。 厳しい冬、重労働・・・生活するには決して楽ではなかった環境だったと思います。 |
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| 国の発展に貢献する炭鉱を抱える我が町、そして炭鉱に携わる父達を敬う小学生の文。 働く父ちゃんのカッコいい姿は、何時の時代でも子供達の誇りです。 |
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| 資料館を観た後、雄別炭坑跡へ向かってみます。 人里離れた寂しい道道を進んでいると、いきなり不自然な集団住宅地が現れました。 典型的な借家風の家やアパートが並んでおり、元炭住地区なのでしょう。 未だ現役なアパートもあれば、重機でぶっ壊したかのように破壊されたアパートもあります。 そのエリアを更に山に向かっていきますが、道はどんどん細くなり、一向に炭鉱は姿を見せず、日はどんどん沈んでいくばかり。 もう引き返そうとバイクを停めた道路脇に、ちょうど炭鉱の記念碑を見つけました。 碑の裏には、炭坑の説明や当時を偲ぶ文が刻まれていました。 |
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| 碑があるという事は、炭鉱跡はもう近くなのでしょうか。 引き返さずに更に進んでいくと、いきなり舗装が途切れてダートに。 ダートは災害で通行止め云々と書かれたゲートで封鎖されていますが、 ゲートの横に通り抜けられそうな脇道がありました。 進もうか悩んでいる私を尻目に、後ろから来た車が2〜3台その脇道を入っていきました。 どれも腹を擦りそうなローダウン仕様の1BOXで、大音響の音楽を鳴らした若いカップル達でした。 もう18時で辺りも薄暗いのにこんな道を行くなんて、この先どこか街に抜けているのでしょうか。 それとも、炭坑跡へ肝試しに向かう団体さんだったのでしょうか。 ・・・なんとなく後者の気がしました。 心霊スポットとしてはかなり有名な場所だとは知っていましたので。 |
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| 日が暮れて、熊もオバケも団体さんも怖いので、これ以上炭坑方面へは向かわずUターン。残念。 その寂しい道沿いには、多分鉄道跡と思われる名残りを見ることができました。 <終わり> |
所在地 北海道阿寒町