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大久野島〜毒ガス貯蔵庫跡
 
大久野島〜北部砲台跡(西側)/2
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坂道を下りきると、平坦な海岸に出ます。
坂を降りきった山肌に、ひときわ異様なコンクリート遺構がそびえています。
ツタのからまる門は、ローマ遺跡にも似て、美しいとさえ思います。
 
…しかしこれは、この島でたくさんの死傷者を出した原因である毒ガスの、貯蔵庫の跡なのです。

以前はフリーに近づけた場所でしたが、今では立ち入り禁止になっています。
立ち入り禁止の理由は、毒ガスの残留化学有害物質が検出された為です。
終戦から未だ汚染が浄化されていない場所なので、無闇に近づいたり、触ったりしないほうがいいです。
 
そんな場所になぜ近づいてるの?というツッコミは受け流して、近づいてみます。
門をくぐった途端、負の雰囲気に満ちた風景が飛び込んできます。
 

門をくぐると、左右3つづつの、天井の高い大きな部屋。
その足下には、貯蔵タンクを設置していたと思われる円形の土台。
…そして、壁一面に広がる、黒く焼け焦げた火炎放射の跡…。
この島で行われていた事を、まるで、黒く塗りつぶして、なかった事にしたかったのかと思うほどの焼け跡です。

貯蔵庫の一室にお供えされた、毒ガスによる犠牲者を悼む千羽鶴やお地蔵様、手紙の山。
 
…この場所を撮っていいものかどうか悩んだのですが、これこそが、この島の歴史と過ちを一番訴えているモノだと思います。
 

テニスコートを抜け、休暇村の建物まで戻ってきました。
最後に、休暇村の脇にひっそり残る遺構を見て、見学終了。
これも毒ガス貯蔵庫だったらしく、室内に土台が残っています。
立ち入り禁止の理由は、やっぱり有害化学物質の残留を懸念してでしょう。

毒ガス貯蔵庫の前で、無邪気にエサをねだる、毒ガス実験体の子孫達。
 
レンタサイクルを返して、シャトルバスに乗って桟橋に戻り、船に乗って、忠海に戻りました。
 
島の中心にある中部砲台跡や、森の中の南部砲台跡、毒ガス資料館などを見残したのが心残りです。
また時間に余裕を持って、この島に訪れたいと思います。
 
<終わり>

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